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#ウェブ解析 による #孤立 の #可視化 :「 #オーバードーズ 」を #検索 する人々の実態と時間帯

ウェブ解析による孤立の可視化:「オーバードーズ」を検索する人々の実態と時間帯 精神障害を抱える人々にとって、最大の困難の一つは、社会からの孤立です。 回復の道筋は、この孤立した状態から抜け出すことによって決定的に加速されます。 しかし、現代の社会において、この孤立は物理的な断絶に留まらず、デジタル空間における切実な声として現れることがあります。 筆者は、NPO法人地域精神保健福祉機構・コンボのホームページのアクセス解析の仕事を担当しており、解析の手法により、様々な気づきを得ています。 ウェブ解析は、これまで見えなかった世の中の事柄が浮かび上がってくる場となることがあります。 絶望的な検索キーワードの増加 ある時期、NPOコンボのウェブサイトへのアクセスにおいて、検索キーワードに大きな変化が現れました。 それまではほとんど見られなかった、キーワードでのアクセスが例年、7月後半から8月に入り急増したのです。 オーバードーズ+〇〇 2023年、7月から8月にかけての「オーバードーズ+〇〇」という検索キーワードの急増は、ウェブ解析の作業を一時的に止め、「この人たちになにか手を差し伸べられないものだろうか。どのような思いなんだろうか、大丈夫なんだろうか」と深く心を痛め、心配する原因となりました。 検索する人々の実態と時間帯の把握 そこでさらに解析を進めた結果、これらのキーワードでアクセスしてくる人々の具体的な行動パターンが浮かび上がってきました。 アクセスした時間帯を見てみると、例えば、毎日のように午後9時から午前1時にアクセスしている方がいました。 また、別の人は昼の12時にアクセスし、夜10時にアクセスしていました。 これらの人々は、コンボのウェブサイトにオーバードーズを検索して何度もアクセスしています。 この現象から得られた最も重要な事実は、オーバードーズを検索してコンボのホームページに来たとしても、「その人はまだ生きているのだ」と、生き延びてくれていることを確認する作業となったのです。 孤立の中で生きる力を探す人々 オーバードーズや自傷行為は、周りからはとても驚かれ、やめてほしいと思われる行為です。 筆者もできればしないでほしいと思っています。 しかし、オーバードーズを検索し、この記事にたどりついて読んでくれた人は、生き残るために行っているのだろうと筆者は思います。 ...

#当事者 の #自由な発言 を封じることが最大の #バリア #リカバリー #こころの病の回復の道 #専門職の役割

当事者の自由な発言を封じることが最大のバリア リカバリーとアンチスティグマ活動にとって、最も重要なバリアは、当事者の自由な発言を封じることです。これは、単なる倫理的な問題ではなく、リカバリーのプロセスそのものを根底から崩壊させる行為です。 3.1 組織内の圧力と「嘘をつくこと」の最悪な経験 当事者サービス提供者(ピアスタッフ)が現れてきた一方で、所属組織の管理下に置かれたために、彼らの自由な発言が制限される問題が深刻化しています。 ピアサポーターやピアスタッフと名乗る当事者サービス提供者の一部が、所属組織を辞職し、フリーランスとして働くことを宣言しています。 その最大の理由として、「この組織にいると自由な発言ができない」ことが挙げられています。 リカバリーの最中にいる当事者にとって、所属組織に圧力をかけられ、そのために自由な言動や、語りを封じられ、発言の内容を自分の意図ではなく、所属組織に合わせ、嘘をつくこととなるのは、当事者として最悪の経験であり、人生においてしてはいけないことです。 リカバリー志向でない組織では、リカバリーの最中にいる当事者の発言が、同僚や雇用主からの忖度によって口を封じられてしまい、各地域の当事者によるアンチスティグマの継続的で地味な努力が終止符を打たれます。 当事者の内発的な語りの欲求について、本人と周囲が承認することが、リカバリーとアンチスティグマにとって最大の貢献であり、逆に当事者の口を封じることこそが、最大のバリアなのです。 3.2 「邪魔をしないこと」の哲学 リカバリーは、当事者が自ら感じ取り、自らストーリーを語り始めるときに覚醒するものです。 リカバリーの過程にいる当事者は、自らの価値を大切にし、主観的なリカバリーの価値を、もっとも大切にするため、そこに他者の入り込む余地はありません。 専門職がリカバリーの過程にいる当事者に伴走することは不可能ではありませんが、そのときに最も大切なことは本人の邪魔をしないことです。 この「邪魔をすることの象徴」が、当事者を管理すること、そして、人生の責任まで専門職が引き受けてしまうことです。 例えば、長期入院の環境下では、当事者は自ら決めることや責任を取ることをやめさせられ、語るべきストーリーを語り始めることもなく、ずっと管理をされてあたりまえという景色を見せられながら、自分から動くことをやめてしま...

#トークニズム の罠: #形式的参画 :形式的参画と「 #ショーケースに入った当事者 」

トークニズムの罠:形式的参画と「ショーケースに入った当事者」 当事者の「語り」が社会的に求められるようになり、学会や行政の委員会に参画の機会が増えた一方で、当事者の主体性が奪われる新たな構造的な罠、すなわち「トークニズム」が浮上してきました。 2.1 トークニズムの定義と当事者の屈辱 筆者がアメリカの当事者であるカーメン・リーや他の当事者と会話した際、「今、日本でいろいろな国や行政の委員会に一枠だけ当事者を入れるようになっているんだよ」と話したところ、彼女たちは一言「トークニズム!」と言い放ちました。 トークニズムとは、当事者参画が形式的、かつ機械的に行われることを指します。 当事者が、行政の委員会や学会など、いろいろな場に、言い訳として一つだけ椅子を用意される慣習を指します。 この言葉は、トークン(代替コイン。ゲームセンターなどのコインゲームのコイン)に由来しており、当事者はゲームセンターのコインと同じような価値でしかないのである、という屈辱的な意味合いを含んでいます。 トークニズムの姿勢とは、「あなたは発言してもいいです、でも意見は聞きいれません」という態度で委員会などが開かれることを示します。この罠にはまった当事者は「ショーケースに入った当事者」と呼ばれ、屈辱的な思いをします。 2.2 学術会議・研究の場における構造的排除 日本の学術集会や学術研究の場では、トークニズムの典型的な事例が見られます。 筆者は日本統合失調症学会に期待することとして、当事者や家族の積極的な参画が成功するにはどうすればいいのか、という問題を提起し、いわゆる「先生」にはどのような問題行動があるのか、というメタな問題も常に問い続けることを、日本統合失調学会に求めました。 2.3 筆者自身の「ショーケース」体験と抵抗 筆者自身、学術集会や研究会で、自らトークニズムの罠に足を突っ込んでみた経験があります。 さかのぼって、2000年前後、まだ表立って発言する当事者が少なかった時代、筆者は海外経験を背景に学術集会に呼ばれ、自分の言いたいことを山と発言していました。 当時はどこの学会へ行っても「患者ごときが何を言う」というような時代でした。 筆者は、会場のフロアのほとんどの人が怒り出し、フロアの人は、「自分たちが攻撃されている」と感じたらしく、筆者を責めつづけました。 筆者は話が全く通用しないと感じ...

#語り の実践: #実名 ・顔出しによるプラットフォームの確立 デジタル時代における「 #孤立 」と「 #語り 」の価値

語りの実践:実名・顔出しによるプラットフォームの確立 当事者の「語り」を社会に届けることは、リカバリーとアンチスティグマの「自転車のペダルと車輪の関係」を回すための重要な戦略です。 NPO法人コンボは、この「語り」を社会に開放するためのプラットフォームとして機能しています。コンボが企画・発行する月刊誌『こころの元気+』は、当事者が手に取ってすぐ役に立つ事を最大の目的として始まりました。その「肝」は、当事者の記事を実名と顔写真をつけて出し続けることです。 この実名での発信は、当事者自身の共感を得るだけでなく、診察室や面談室では分かり得ない、当事者・家族は本当は何を感じ、何を考えているのかということを現場の専門家が学ぶ場となっているのです。 当事者が自らの病名や治療についてオープンに語る姿勢は、かなり以前から海外の当事者活動では確立されていました。 時代をさかのぼってみると、日米精神障害者交流プログラムにおける、1997年のカリフォルニア州ロングビーチの施設「The Village」でのミーティングでは、どの当事者も「自分は___と診断されていて、___という薬を飲んでいる」ということを言っており、当時の自分の病名さえ知らない日本人とはずいぶん違うという印象を当時の日本からの参加者は抱きました。 当事者が自らの病状、薬、そしてリカバリーのストーリーを語ることは、自立と主体性の表明なのです。 デジタル時代における「孤立」と「語り」の価値 当事者の「語り」が、最も絶望的な状況にある孤立した仲間に届くことの価値は計り知れません。 NPOコンボのウェブサイトのアクセス解析の経験から言うと、2024年の7月~9月にかけて、それまでほとんど見られなかったキーワード、「オーバードーズ+自傷」「オーバードーズ+自殺」「オーバードーズ+処方薬」で、アクセスしてくる人々が増加した変化が浮かび上がりました。 この検索をしてアクセスしてきた人たちは、スマホを片手に、検索をすることで、助けがないか求め、何とか自分で解決しようとしているのではないかという、人間の生きる力を感じさせます。 そして、これらの人々がアクセスしていたページタイトルは、『生き方 未来の自分に絶望しています』『ベンゾ系薬剤で困っていること』『自傷行為とどう付き合うか』といった、ピアの経験が語られた記事でした。 オーバードーズや...

#アンチスティグマ から考える #リカバリー

  アンチスティグマから考えるリカバリー 1. 経験の価値:「語るべきストーリー」の力(カーメン・リーの教え) 1.1 当事者の経験は「エビデンス」である 私たち精神障害者がリカバリーの道を歩む上で、最も普遍的で力強い武器となるのが、自らの「語るべきストーリー」です。 この「ストーリー」とは、「自分のことを振り返ってみて、ここか、この出来事か、と印象に残ること」であり、自分だけの大切な物語です。 リカバリーという言葉は、この自らの「語るべきストーリー」全体を合わせたものであり、私たちの経験は、何ごとにも代えられない、何ごととも比べようのない、価値あるストーリーなのです。 専門家が自らの主張の正当性を証明するために、データや統計といった客観的なエビデンスに頼る一方で、私たち当事者のコミュニティでは、「当事者の経験の語りが、エビデンスである」と主張することは、当事者だけに許されることなのです。 1.2 カーメン・リーの教え:「あなたのことよ!」 当事者が人前で偏見を解消するための活動(アンチスティグマ活動)を行う際、具体的に何を話すべきかという問いは、常に私たちの中にあります。 2007年の世界精神保健連盟(WFMH)香港大会に参加した際、私は壇上で講演していたカーメン・リー(当時、アンチスティグマのための活動を数十年、延べ1,250回以上 行ってきた当事者)に対し、会場から質問をしました。 私は「日本でもスティグマのワークショップをしたいのですが、当事者は何を話せばいいのですか。スティグマを受けた経験を話すのですか。 リカバリーの経験を話すのですか。当事者はどんな内容を話せばいいのですか」と尋ねました。 彼女の返事は、非常に簡潔で力強い一言でした。 「あなたのことよ!」。 ただ自分のことを話しなさい。 経験したストーリーを誠実に、ストーリーそのものを話すことが最も力があるのです。 当事者が自分の主観を大切にして、自分でわかる言葉を使って話せば良いと教わりました。 カーメン・リーらのピアサポートグループが、小学校から大学、地域のサークルなど、ありとあらゆる所で講演を続けた目的は、「私達は建設的な人間だ」というメッセージをわかってもらうための話をするためでした。 彼女らは、当事者が話をすることが、スティグマを減らしていくのに一番力があると確信していました。 【最後...

#内なる偏見 との「 #共存 」: #自己の再構築

  内なる偏見との「共存」:自己の再構築 スティグマとの闘いは、外的な偏見を解消するだけでなく、内なる偏見を自覚し、自己を再構築する内面的な作業でもあります。 リカバリーの原則の一つに「ものの見方が変わること」があります。 当事者が経験した最も最悪なこと、つまり過去に家族や周囲の人に迷惑をかけたことは完全に病気のせいであり、自分のせいではまったくないのだと理解すること。 それがこの「見方が変わる」プロセス、別の言葉で言えば、ターニングポイント、またはイニシエーションとでも表現できるプロセスを経るのです。 これは、精神障害と自己を分けて考え、過去の自分を外在化し、精神障害を持つ「人」として新たな自分を再構築するための基盤となります。 私たち当事者は自らの体験を話しあい、分析し、対処法を見つけていく活動を行ってきました。 これは、スティグマによって生じた内なる偏見や過去の自分に対する自己否定を、経験の分析と共有(分かち合い)を通じて相対化し、共存していくための重要なプロセスなのです。 リカバリーは、 神経科学的な視点から言えば、「 他人から信頼される」「安心できる」「希望をもてる」状況になると、脳機能がそれに対応して変わっているはずであるという仮説とともに、その重要性が改めて認識されるのです。 他人から信頼されて誇りを覚える時、当然脳の働きは変わっているのです。 リカバリーとアンチスティグマの活動は、社会的な偏見を是正するだけでなく、当事者自身の脳と心の健康を、根底から回復させる力を持っていると言えるでしょう 【最後までお読みいただきありがとうございます。 もしよければ、アンケートにお答えいただけますと幸いです。】 https://forms.gle/zG75PkzCJJi6ns529 宇田川健