#語り の実践: #実名 ・顔出しによるプラットフォームの確立 デジタル時代における「 #孤立 」と「 #語り 」の価値
語りの実践:実名・顔出しによるプラットフォームの確立
当事者の「語り」を社会に届けることは、リカバリーとアンチスティグマの「自転車のペダルと車輪の関係」を回すための重要な戦略です。
NPO法人コンボは、この「語り」を社会に開放するためのプラットフォームとして機能しています。コンボが企画・発行する月刊誌『こころの元気+』は、当事者が手に取ってすぐ役に立つ事を最大の目的として始まりました。その「肝」は、当事者の記事を実名と顔写真をつけて出し続けることです。
この実名での発信は、当事者自身の共感を得るだけでなく、診察室や面談室では分かり得ない、当事者・家族は本当は何を感じ、何を考えているのかということを現場の専門家が学ぶ場となっているのです。
当事者が自らの病名や治療についてオープンに語る姿勢は、かなり以前から海外の当事者活動では確立されていました。
時代をさかのぼってみると、日米精神障害者交流プログラムにおける、1997年のカリフォルニア州ロングビーチの施設「The Village」でのミーティングでは、どの当事者も「自分は___と診断されていて、___という薬を飲んでいる」ということを言っており、当時の自分の病名さえ知らない日本人とはずいぶん違うという印象を当時の日本からの参加者は抱きました。
当事者が自らの病状、薬、そしてリカバリーのストーリーを語ることは、自立と主体性の表明なのです。
デジタル時代における「孤立」と「語り」の価値
当事者の「語り」が、最も絶望的な状況にある孤立した仲間に届くことの価値は計り知れません。
NPOコンボのウェブサイトのアクセス解析の経験から言うと、2024年の7月~9月にかけて、それまでほとんど見られなかったキーワード、「オーバードーズ+自傷」「オーバードーズ+自殺」「オーバードーズ+処方薬」で、アクセスしてくる人々が増加した変化が浮かび上がりました。
この検索をしてアクセスしてきた人たちは、スマホを片手に、検索をすることで、助けがないか求め、何とか自分で解決しようとしているのではないかという、人間の生きる力を感じさせます。
そして、これらの人々がアクセスしていたページタイトルは、『生き方 未来の自分に絶望しています』『ベンゾ系薬剤で困っていること』『自傷行為とどう付き合うか』といった、ピアの経験が語られた記事でした。
オーバードーズや自傷行為は、周りからは驚かれ、やめてほしいと思われる行為ですが、その記事にたどりついて読んでくれた人は、生き残るために行っているのだろうと筆者は思っています。
ウェブ解析を通じて、同じユーザーが特定の時間帯にアクセスしている人がいることから、オーバードーズを検索してコンボのホームページに来ていたとしても、その人はまだ生きているのだということが確認され、筆者はほっとする瞬間があるのです。
リカバリーにおいて決定的に必要なことは、孤立した状態から抜け出すことであり、孤立に関しては薬は全く役に立ちません。
この孤立をなんとかするのは、リカバリーの過程にある精神障害者たちが、孤立している仲間に自分たちを発信していくこと以外にはないのです。
当事者の「語り」は、まさにデジタル時代における命綱の役割を果たしているのです。
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実名、顔出しで気を付けなければならないことは、自分がさらし者になることです。確かに有名になるわけではありませんが、人間関係において、最初に相手に不必要な情報を与えかねません。そのプロフィールはあとでもいいのではという場面に遭遇します。それこそ偏見が残っている証拠ですが、それほど簡単に理解される疾患でもありません。とりあえず疾患は棚上げして人間関係を作ることが優先でないでしょうか。疾患の有無はそのあとだと思います。理解する人、離れていく人様々です。さらし者になって苦しんでいる当事者がいることは心得ておくべきことです。普通苦しみながらも距離を置かれる感じがします。
返信削除たけやんさん、いつもありがとうございます。まあ、私も実名と顔出しで来ましたので、色々嫌なことはありましたけど、今ではよくぞここまで開き直ったなと思う次第です。
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