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11月 5, 2025の投稿を表示しています

#リカバリー #こころの病の回復の道 #チャレンジの責任

チャレンジの責任:リカバリーとは自分で責任を引き受ける生き方 リカバリーは、主体的な選択と、それに伴う責任の引き受けの上に成り立っています。リカバリーは、精神障害を持つ私たちが、自分で考え、自分で選択し、責任を持ち、語ることが大切であるとされています。 決定と責任の再獲得 リカバリーは、世界中の当事者同士で認められている最小限の4原則のうちの二つ、「決定すること」と「責任を取ること」に集約されます。 リカバリーの人生とは、自分で決めた人生の責任を自分で取らないといけないと考えられる時がくる、ということです。この責任を取る態度の回復こそが、リカバリーを優先させる医療や看護において、何はなくとも必要であるとされています。 リカバリーの過程にある当事者は、これまで誰かが運転してくれる高級車の助手席に座ってぼんやりとしてきた状態から、「自分で運転席に座って、ボロボロでもいいから自分の車を、自ら運転するように」なるのです。自分で責任が取れれば、どんな選択をしてもいいという考え方こそが、リカバリーの根幹です。 ライフスタイルと自己管理の権利 この「責任」と「決定」の原則は、具体的なライフスタイルや治療の選択にも及びます。 リカバリーの過程においては、自ら諦めてしまった、または奪われてしまった主体性を回復し、自分の世界をコントロールしていくことこそが、最も重要です。 例えば、当事者にとって、自傷行為やオーバードーズといった行動も、生き残るために行っている行為であると解釈されます。自傷行為やオーバードーズを検索し、関連する記事を読むことで、その人は、まだ生きていることを確認できるという事実を見ると、当事者が自らの意思で、助けがないか求め、何とか自分で解決しようとしているという、人間の生きる力の証しなのです。 このように、再発やチャレンジを「私という名の自然現象」の一部として受け入れ、その上で人生の責任を自ら負うという生き方を選択することが、当事者にとってのリカバリーであり、精神保健業界はこの当事者の正気を尊重することが、システム変革の出発点となります。 【最後までお読みいただきありがとうございます。 もしよければ、アンケートにお答えいただけますと幸いです。】 https://forms.gle/zG75PkzCJJi6ns529

#リカバリー #こころの病の回復の道 #私という名の自然現象

    精神病は「私という名の自然現象」であるという肯定 再発を肯定的に捉える視点は、精神病に対する根本的な見方の変化(ものの見方が変わること)と結びついています。それは、精神病を「困りごと」「治すべきもの」といった社会的な価値判断から切り離し、自然の摂理として受け入れることです。 病気は体の病気であり、自然現象である 再発すると、当事者は精一杯自分と戦い、自分を責め、常に苦しい状態が続きます。病気そのものの苦しみだけでなく、社会から自分の責任で離れてしまったという苦痛、そして何も力が出てこない苦しみの中で、ある一瞬冷静になる時があります。 その瞬間だけは「私という自然現象」と戦っていないのではないかと気づきます。精神病は、心の病、脳の病気と言って説明が試みられますが、当事者自身の経験から言えば、要するに体の病気なのです。 当事者は、自身の肉体そのものが、あくまでも自然現象であるとある一瞬気がつくことがあります。その時、一瞬だけ冷静になり、自分の体が思ったよりもコントロールの効かないものであることを肉感的に自覚できるのです。 当事者は、この「私という自然現象」に向き合い、観察し、付き合っていくことを選ぶのです。再発は、必然的に起こるべくして起こったし、起こる必要があったのだと、建前ではなく本音で再発を肯定できるようになることが、リカバリーの重要なステップとなります。 【最後までお読みいただきありがとうございます。 もしよければ、アンケートにお答えいただけますと幸いです。】 https://forms.gle/zG75PkzCJJi6ns529

#リカバリー #こころの病の回復の道 #チャレンジと失敗を繰り返す

  リカバリーは「症状が悪化してもOK」なプロセス リカバリーの道は、決してたやすいものではなく、平坦なものでもありません。当事者にとって、リカバリーとは、良い状態でも悪い状態でも紆余曲折のある、その人らしい生き方、そして希望を持って生きることそのものです。この過程において、「再発」や「再燃」は避けるべき「失敗」ではなく、プロセスに包含される必然的な要素であると捉えられています。 私たちは、病気を発症した後、まわりの許可されたことだけで満足し、自分で判断することを放棄してしまう期間を経験しがちです。しかし、リカバリーに目覚めた当事者の人生は、自分で決めたチャレンジの連続となります。 このチャレンジは、自分の価値に合わせて行動するものであり、一見、他の人から見れば無謀なこともあるかもしれません。そして、そのチャレンジの結果として、症状が悪くなったり、小さな再発をしたり、長期間の大きな再発をしたりすることもあります。 リカバリーの過程にある当事者は、受診のたびに主治医から再発防止を考える医療やメッセージを受け、周りの人からはいろいろなことを止められる経験を重ねます。その結果、再発をするたびに「自分はだめな人間なんだろうか」と考えてしまい、辛くなってしまうことが他の当事者からも報告されています。 しかし、リカバリーの道筋においては、再発の可能性を否定しないで、チャレンジすることもリカバリーのプロセスの一つであると強く主張されています。リカバリーの道は決して平坦なものではありませんでしたが、そんな過程もリカバリーの旅の一つではないかと少し考えられる時が来ます。 「再発=悪」という発想への批判 精神科医療従事者の中には、再発=悪という発想が見受けられるのが事実です。当事者に再発させてはならないという発想が行き過ぎると、それは当事者の主体性を奪うことにつながります。 精神科医療は、精神疾患の自然治癒力と回復する時間を待つことを助けることができますが、慢性化した精神疾患の再発の予防は、精神科医療のみでは不可能だとされています。再発を軽くするためには、環境、コーピング技術、セルフケア、モニタリング、問題解決技術など、多くの要素が必要です。これは精神科医療だけの力でも、当事者の努力だけでもできません。 特に、医学教育の中で精神疾患の再発=悪という印象を学生が持ってしまうと、症...