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11月 9, 2025の投稿を表示しています

#内なる偏見 との「 #共存 」: #自己の再構築

  内なる偏見との「共存」:自己の再構築 スティグマとの闘いは、外的な偏見を解消するだけでなく、内なる偏見を自覚し、自己を再構築する内面的な作業でもあります。 リカバリーの原則の一つに「ものの見方が変わること」があります。 当事者が経験した最も最悪なこと、つまり過去に家族や周囲の人に迷惑をかけたことは完全に病気のせいであり、自分のせいではまったくないのだと理解すること。 それがこの「見方が変わる」プロセス、別の言葉で言えば、ターニングポイント、またはイニシエーションとでも表現できるプロセスを経るのです。 これは、精神障害と自己を分けて考え、過去の自分を外在化し、精神障害を持つ「人」として新たな自分を再構築するための基盤となります。 私たち当事者は自らの体験を話しあい、分析し、対処法を見つけていく活動を行ってきました。 これは、スティグマによって生じた内なる偏見や過去の自分に対する自己否定を、経験の分析と共有(分かち合い)を通じて相対化し、共存していくための重要なプロセスなのです。 リカバリーは、 神経科学的な視点から言えば、「 他人から信頼される」「安心できる」「希望をもてる」状況になると、脳機能がそれに対応して変わっているはずであるという仮説とともに、その重要性が改めて認識されるのです。 他人から信頼されて誇りを覚える時、当然脳の働きは変わっているのです。 リカバリーとアンチスティグマの活動は、社会的な偏見を是正するだけでなく、当事者自身の脳と心の健康を、根底から回復させる力を持っていると言えるでしょう 【最後までお読みいただきありがとうございます。 もしよければ、アンケートにお答えいただけますと幸いです。】 https://forms.gle/zG75PkzCJJi6ns529 宇田川健

#国境 を越える #スティグマ と #情報戦略

国境を越えるスティグマと情報戦略 スティグマの問題は国際的であり、当事者は常に、自らの病状を隠すべきか、オープンにすべきかという課題に直面しています。 7.1 国際移動における薬物申告のジレンマ 当事者が国際的に移動する際にも、スティグマによる不安がつきまといます。 2003年のWFMHメルボルン大会への参加時、精神疾患のための処方薬をもって入国審査に挑んだ時に、筆者は薬を取り上げられるかもしれない、あるいは入国できないかもしれないとびびっていました。 このエピソードは、国や個人によって、病気を隠すことが最善の防御策となる場合と、正直さが偏見を打ち破る場合があるという、スティグマ対応のジレンマを示しています。 7.2 貧困国と富裕国のスティグマの格差 WFMH大会では、スティグマが国際的な問題であることが確認されています。 アフリカ大陸の貧困国では、精神保健の予算が感染症やHIV対策に優先され、精神病らしい人は病院にかかるよりヒーラー(呪術師)の所に連れて行かれます。 ヒーラーがお酒を勧めたり、自傷行為をする人にお酒を勧めたりする行為が行われています。 クリニックに行くと「狂っている人として、コミュニティから出される」地域もあります。 貧困国では、一番近い精神病院へのタクシー代(往復40ランド)があれば、1週間家族が食べていけるため、当事者は治療を諦め、孤立を感じる人が多いという現実があります。 この極端な貧困は、当事者の健康だけでなく、社会参加とリカバリーの機会を奪う、最も深刻な構造的スティグマとなっているのです。 【最後までお読みいただきありがとうございます。 もしよければ、アンケートにお答えいただけますと幸いです。】 https://forms.gle/zG75PkzCJJi6ns529

#スティグマ 解消のための #能動的戦略

スティグマ解消のための能動的戦略 私たち当事者は、スティグマをただ受容するのではなく、活動を通じて能動的に抵抗し、環境を変えようとしています。 リカバリー情報の発信プラットフォームの確立 NPO法人コンボは、リカバリーという考え方を根本におき、当事者から発信する情報提供を中心に、啓発活動を続けています。団体の発足時に始めた月刊誌『こころの元気+』は、当事者本人が顔写真を出し、実名で記事を書くことを原則としていました。 これは、当事者の共感を得るだけでなく、診察室や面談室では分かり得ない、当事者・家族は、本当は何を感じ、何を考えているのかということを現場の専門家が学ぶ場となっています。 NPOコンボは、当事者が発信、発言する場として、プラットフォームとしての新しい形の当事者団体になったと言えます。 6.2 権利擁護と地域変革のための「戦術」 筆者自身は、当事者の権利を底上げするための能動的な戦術を実行してきました。 こうした活動は、当事者参画の文化がなかった時代に、新しいところ(学術集会や研究)へ1人目の当事者として突っ込まされて、傷を負って帰ってくることを繰り返し、次につづく当事者の人が傷つかずに済むはずだという信念で、道を歩み、社会を耕す 役割を担ってきたと自負しています。 【最後までお読みいただきありがとうございます。 もしよければ、アンケートにお答えいただけますと幸いです。】 https://forms.gle/zG75PkzCJJi6ns529