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【コラム】国境を超えたピアとの連携と水平な交流の意義
ピアサポートの概念は、1990年代後半からの筆者が日本側の代表を務めた日米交流プログラムを通じて、日本に大きな影響を与えました。
4.1 ロサンゼルス「プロジェクト・リターン」からの学び
1997年、筆者はカリフォルニア州ロングビーチの精神障害者社会復帰施設「The Village」を見学しました。そこで出会ったのが、セルフヘルプグループ「プロジェクト・リターン;ザ・ネクスト・ステップ(PR;TNS)」のメンバーです。
ここで筆者が出会った当事者たちは日本とは全く違う様子で、とても元気であり、隠れて暮らすのではなく、どんどん社会に関わって生きていこうとしていました。
彼らは全員、1997年当時、自分の病名と、現在飲んでいる薬についてきちんと知っており、効果や副作用についても医療従事者から教えられていました。
1997年当時の自分の病名さえ知らない日本人とはずいぶん違うという事実は、非常にショッキングでした。
Village ISAでは、当事者が運営するレストランや銀行などがあり、職員とメンバーの関係は「助ける者と助けられる者」といった上下関係ではなく、互いの尊敬と平等の精神の上に成り立っています。
職員は治療者・セラピストというよりむしろ「コーチ」であり、メンバーが社会生活上の責任を伴う決定をするときに傍で見守りながらサポートします。
また、メンバーが金銭管理を学べるように「ヴィレッジ銀行」を運営し、自分で貯金やローンの決定ができるように成長を促します。
PR;TNSのメンバーであるビル・コンプトン氏と筆者は深い交流があり、彼は筆者にとって「人生についてなにもかも教わった人」でした。
この国際交流は、日本における精神保健改革の架け橋となり、当事者のエンパワーメントと回復のセミナー開催、および米国の回復者の生活体験を日本に持ち帰る機会となりました。
4.2 国際移動と信頼の重要性
当事者が国境を越える際には、スティグマと薬物管理の問題に直面します。
2003年WFMHメルボルン大会への参加時、筆者は検疫が厳しいと聞いて、薬を取り上げられるのではないかと「びびっていた」と述べています。
筆者が正直に「薬を所持している。うつ病のための薬です」と申告したのに対し、同行したビル氏は、薬の質問に「精神の危機のための薬です」と答えたそうです。
さらに、交流プログラムの別の仲間であるジムは、「俺なんかずーっとうそをついてきたぜ。どこの国に行っても何の薬ですかと聞かれたら。ああ、それはただの常備薬ですって答えてるぜ。普通にうそつきつづければいいんだよ」と述べています。
このやり取りは、精神障害を持つ人にとって、自己決定(薬を飲むか否か)と情報管理が、いかに切実な問題であるかを示しています。
薬については専門家を信頼しながらも、自分にとって必要な情報(副作用、身体合併症など)について十分な知識を持ち、自分で最適な選択をすることが重要なのです。
5. まとめ:水平な関係性がもたらす「ものの見方の変化」
ピアサポートと水平な関係性の構築は、リカバリーの四原則のうち「ものの見方が変わること」に直結します。
ピアサポートは、互いに経験をシェアすることで、当事者が「自分を赦し、人を赦す」プロセス(過去に迷惑をかけたことを病気のせいであり、自己の責任ではないと理解する)を促します。
また、リカバリー全国フォーラムのような場で、立場を超えて交流し、「こんなこともしてもいいのだ」と知ることは、当事者自身の限界設定を打ち破り、またメンタルヘルス村全体の物の見方を変えてきたのです。
当事者が自らの意思と責任で人生を切り開くとき、その道を共に歩む専門職は、管理するのではなく、邪魔をしない「コーチ」のような、水平な関係性を追求し続けることが求められています。
ピアサポートとは、その関係性の基盤であり、当事者の主体性が社会に浸透していくための、最も確かな戦略なのです。
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