#リカバリー #こころの病の回復の道 「 #語るべきストーリー 」の総体
1. パーソナルリカバリーの唯一性:専門職が設定する指標への批判
リカバリーは「語るべきストーリー」の総体
私たち精神障害者にとってのリカバリーは、外部からの評価や診断名とは無関係な、自らの「語るべきストーリー」の全体を合わせたものです。この「ストーリー」とは、「自分のことを振り返ってみて、印象に残ること」であり、自分だけの大切な物語です。
リカバリーは、終わりのないストーリーであり、何かに到達して終わりということではありません。それは過程であり、他人には評価できないものです。当事者が経験することは、何ごとにも代えられない、比べようのない、価値あるストーリーなのです。当事者の経験の語りがエビデンスであると主張することは、当事者だけに許されることだとされています。
リカバリーとは、単に病気が回復すること(回復/快復)を指すのではなく、良い状態でも悪い状態でも紆余曲折のある、その人らしい生き方、そして希望を持って生きることそのものです。過去の状態に戻ることではありません。
専門職のリカバリー分類の否定
精神保健福祉の領域では、リカバリーを「パーソナルリカバリー」「社会的リカバリー」「臨床的リカバリー」といった言葉で分類し、議論することがあります。しかし、当事者の立場からすれば、このような分類には意味はありません。なぜなら、パーソナルリカバリーという事柄しかないからです。
専門職が「こうなったらリカバリーしている」「こうすればリカバリーを起こすことができる」といった到達目標を示す場合、その言っているリカバリーは、当事者のリカバリーではなく、医師や専門職が持つべき到達目標でしかないと批判されています。社会的な評価基準を当てはめたとしても、本人の希望や価値、語るべきストーリーにはなんの関係もないからです。
特に以下の二つの分類については、当事者にとって無意味であるとされます。
1. 臨床的リカバリー(Clinical Recovery)批判: 臨床的リカバリーとは、病気の寛解(それ以上の治療の必要がなくなる時期)を待って初めてパーソナルリカバリーが始まるとする考え方ですが、当事者はこれを否定します。
◦ 精神科医療においては、標準的な診断・治療が普及していないため、医師の主観的な判断によって診断名や薬の処方が決まってしまうという問題があります。
◦ 医師を変えるたびに診断名が変わってしまうこともあります。これは、精神科医療における構造的なDUP(Diagnosis/Drug Utilization Process: 診断・処方のバラツキ)であると指摘されています。
◦ このような曖昧な中で寛解まで待つことは、パーソナルリカバリーとは全く関係のないことです。
2. 社会的リカバリー(Social Recovery)批判: 「社会的リカバリー」とは、当事者がどの段階にいるかということであり、それは専門職が自らを評価するための指標に過ぎません。この指標によって成績をつけられるのは、当事者の側ではなく、専門職の方なのです。リカバリーとは、専門職にわかりやすく、通じやすい、また都合のいい訳語である社会的転帰という意味ではないのです。
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